荒船

荒船山は、甘楽郡下仁田町・同郡南牧村と長野県佐久市に跨るあたりに位置する。山頂部分が台地状に広がっており、その遠景が荒海を押し進む船に見立てられて、このような名称になったという。奇勝で有名な妙義山の近くにあり、妙義山とはまた異なる意味で、山容が強いインパクトを有する山である。

さて、便宜的に荒船山の説明から書き出したのだが、歌枕とされるのは山そのものではなく、そこにある「荒船神社」である。そして率直に言えば、実はこうして「群馬県の歌枕」の1つとして取り上げるべきものである確証はない。群馬県の「荒船」なのかどうかわからないのである。
『能因歌枕』は歌枕書として古いものに属するが、その「かむつけの国」の項の中に「あらふねの宮」と見える点は注目される。群馬県説は決して後代に付会されたものではなく、むしろ古説であった事が知られるのだが、とはいえ歌人達の認識が一致していたわけでもないらしい。鎌倉時代末頃に成立した『歌枕名寄』においては、「上野国」の項に「荒船神社」を載せながらも「筑前又入之」との注記を付し、一方「筑前国」の項にも「荒船神社」を載せて、ともに同一の和歌1首を引用しているのである。更に、ずっと後の文献であるが、江戸時代の契沖の『勝地通考目録』では、荒船神社は「筑前」にのみ見えて、「上野」にはその名は見えない、といった具合である。

煩瑣な話が先行したが、そろそろ実例を見てみよう。荒船神社を詠んだ古典和歌は僅か1首しか知られていない。「荒船の御社」との題が付された、
茎も葉もみな緑なる深芹は洗ふ根のみや白く見ゆらん[拾遺集384輔相]
のみである。一読して意味を解せる平易な歌であると思うが、どう見ても神社を歌ったものとは思えないし、内容的にも甚だ他愛なさ過ぎるというのが率直な感想であろう。
物名(もののな)または隠題と呼ばれる技巧がある。題として出された言葉の文字続きを、簡単にそれとわからないように和歌の中に詠み入れる技巧である。簡単にはわからないように凝らすのだから、その題を歌の意味内容の主題とする事はあり得ない。そして課題をクリアーする事自体で精一杯であり、歌の意味は二の次にされるから、意味的には取るに足らない詠になるのが普通である。実は上の一首は、物名の代表的な歌として歌学書等にしばしば引き合いに出されるものなのである。漢字混じり表記にしたので気付きにくかったかもしれないが、改めて見れば第四句から第五句にかけて「あらふねのみやしろ」の9文字が隠されているのがわかるだろう。これだけの文字数が連続して詠まれる物名歌は稀有である。
だが、物名歌としていかに優れていようと、ここから荒船神社のイメージを導く事は到底無理な話である。勿論、上野か筑前かを考証する手助けにもなり得るはずがない。



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